アスペルガーな笑顔 診断の日


f:id:sujya:20180322211102j:image
 

「優太、今日はお父さんが送るぞ」 

「やったぁー」優太は両手を上げながら抱きついてきた。その時、私は昨日までのストレスが吹っ飛び、明日からの英気が養われる気分になる。

 

 この日も、そんな気分で保育園へと向かった。保育園まで歩いて10分程度、美由紀は自転車だが、私は優太と手をつないで、ゆっくりと話しながら歩いて行く。自転車で行くのはもったいない。

 

「優太、保育園は楽しいか」歩きながら、いつも同じ質問をしてしまう。

 

「うん、楽しい」優太から返ってくる答えも同じだが、その答えを聞いてホッとする。

 

 保育園に着くと「優太くん、おはよう」と担当の保母さんが、優太の目線に合わせて、挨拶してくれた。

 

 それに対して、優太は「おはようございます。今日もよろしくお願いします」と、園児らしからぬ丁寧な挨拶をした。その口調は、美由紀にそっくりだ。

 

 優太を保育園に預けてからは、いつもフェンス越しに、園庭で遊ぶ優太の様子を見ている。

 

 フェンスの前に陣取るのは、同じ顔ぶれで、私以外はママ友のようだ。前に立つと邪魔になると思い、後ろから優太の様子を見ているが、ママ友はおしゃべりに夢中で、フェンスの向こうの我が子に、あまり興味が無さそうだ。以前、美由紀にこの事を話すと、ママ友同士の情報交換も必要だから、おしゃべりも母親の役目なの、と言われた。

 

 母親は大変だ。私は父親なので、ゆっくり優太の様子を見ることが出来た。

 

 優太は他の園児達と遊ぶことなく、ひとりで鉄棒と雲梯をやっていた。

 

 ひとりで寂しくないのかな、と思うのだが、冬でも汗ばむくらい鉄棒でクルクルと回り、雲梯ではチンパンジーのようになっていた。

 

 体操が始まる知らせの音楽が園内に流れた。

 

 音楽が流れると、優太は、すぐに鉄棒も雲梯もやめ、整列して手拍子を始める。これが保育園のルールなのだろう。優太は、それを忠実に守っている。

しかし、他の子は音楽が流れても、すぐには遊びを止めないで、体操ギリギリまで遊んでいる。普通の子供はこんなものだろうな、と思うので、優太も、もう少し鉄棒と雲梯をやってればいいのに、と思っていた。

 

 この日も、優太は早々と整列していた。しかし、ほとんどの園児は音楽が止んでも整列していなかった。

 

 静かになった園内に、甲高い女性の声が響いた。

 

「体操の時間です。整列しなさい」

 

 保母さん達の目が、つり上がり、頬が膨らんだ。

 

「○○君、遊ぶのは止めて、早く並びなさい」

 

「△△ちゃん、いいかげんにしなさい」

 

 そんな声が飛び交った。

 

 優太は目を閉じて耳を塞ぎ、しゃがみこんでしまった。

 

 いつもとは違う光景に、しゃがみこむ優太のところまで行きたかったが、フェンスの外から、拳を握りしめ見守るしかなかった。

 

 優太は、家でテレビを見ている時、大きな音、特に女性の怒鳴り声に敏感に反応することがあった。耳を塞いだり、たまに興奮して大声を出すこともあったが、保育園でもこんな状態になっていたんだ。

 

 やっと全員が整列して体操が始まった。優太は何事もなかったかのように体操を始めた。握りしめていた拳がゆるんだ。

 

 優太の体操は変わっている。本人は真面目に精一杯やっているのだろうが、その姿は親から見れば微笑ましいが、他人にはどのように見えたのだろうか。変な子供に見えていたかもしれない。

 

 動物のフリをする体操だったが、優太は虎の時は眉をつり上げ口を大きく開けて、キリンの時は首を伸ばしすました表情になり、象の時はノッソノッソと列から離れて歩きだしたり、その動物になりきって体操していた。

 

 体操が始まってからは、いつもの優太の姿にもどっていた。耳を塞いでいた姿が頭から離れなかったが、私は保育園を後にした。

 

 

 

 その日の夜、美由紀が何度も優太に布団をかけ直していた。

 

「ほんとに、この子寝相悪いわ。風邪でもひかれたら大変」美由紀はフゥとため息をついた。

 

「元気な証拠だ。大丈夫だろ」

 

「ほんと、元気ね。保育園でも元気にやってるのかな」

 

 美由紀が布団の上から優太の胸に手を当てながら言った。

 

「お母さんは、優太が保育園で体操しているところ見たことあるのか」

 

「すぐに仕事に行かないと間に合わないから……」

 

「そっかぁ」

 

 優太の今日の様子を話そうかと思ったが、心配性の美由紀に話すのはやめることにした。

 

「優太の体操は面白いんだ。精一杯やっているのが伝わってくるんだ」明るい口調を心掛けた。

 

「へぇー、そう言えばママ友からは聞いたことがある。優太の体操は面白くて可愛いって言ってた」美由紀の目尻が下がった。

 

「そうか、面白くて可愛いか……」

 

 バカにされているのかもしれないと疑ってしまった。そのママ友は、今日の耳を塞いでいた優太の姿に気付いたのだろうか。これまでにも、今日みたいなことがあったのだろうか。優太に目をやった。また、布団を蹴っていた。

 

「ほらー、まただわ」

 

 美由紀がまた、布団をかけた。

 

続きはこちらhttps://note.mu/sujya/n/n559d1a6328a1