アスペルガーな笑顔 電車好きでブランコが苦手

 私には優太という息子がいる。優太は15年前にアスペルガー症候群と診断された。その当時の私は、アスペルガー症候群のことを全く知らず、はじめて耳にする言葉に恐怖のようなものを感じた。
 診断された時、優太はどうなるんだろうか、ちゃんと生活が出来るのだろうか、そんな不安ばかりが頭をよぎった。
 優太が、アスペルガー症候群と診断されてから、それについて調べてみたが、未だによく理解出来ていない。
 何故、理解出来ていないのか。それは、調べてもわからない事が多すぎるし、こうすれば良いというものも、無さそうな気がしたので調べるのをやめてしまったからだ。
 しかし、一番の理由は、アスペルガー症候群は、優太の個性であって障害ではない。だから、特別に考える必要はないんだ、そう思いたかったからだ。

 電車好きだった優太
「今日の電車の番号は何番だった」
 保育園の頃の優太は、私が帰ると「おかえりなさい」の前にいつもこう聞いてくる。
「優太、おかえりなさいが先だろ」優太の頭に手を置いて言った。
「おかえりなさい。ワイパーの形はどんな形だった。こうだった、それともこうだった」両手を平行にし縦、横、斜めにして、ワイパーの形を表現した。
 いつもこの調子なので、帰りの電車の番号をメモして、ワイパーの形を確かめるのが毎日の宿題になっていた。この宿題は美由紀もやらされていたようだ。これまで、電車のワイパーの形など気にしたことはなかったが、電車によって形が違うことを優太から教わった。
 優太は鉄道に興味を持ったのだが、ワイパーであったり、車輪であったり、車体番号であったり、パンタグラフであったりと変なところに興味を持つ。
 こんなものに興味を持っても仕方ないのにと思いながら、甘い父親は、それに付き合った。
 外出する時も車より電車の方が好きみたいなので電車で出掛けることが多かった。そして目的駅に着き電車を降りてからが、せっかちな私には苦痛だった。優太は乗ってきた電車が発車して見えなくなるまでバイバイしないと気がすまないのだ。1分もかからないことなのだが、私にとっては長く面倒に感じていた。たまに車掌さんが窓から顔を覗かせ笑顔で優太に手を振ってくれた。その時の優太は、アイドルに手を振ってもらったファンのように大はしゃぎする。その時、私は長く待った時間が無駄でなかったように感じた。忙しいのに優太に付き合って、手を振ってくれた車掌さんに感謝だ。
 優太は駅名に詳しかった。日本全国の駅名を覚えていった。それもすごい早さで覚えていく。もしかして、こいつは天才かもしれないと親バカぶりを発揮したこともあったが、優太は興味がなくなると、あっさりと覚えていた駅名を忘れてしまっていた。記憶力はいいのだが、気まぐれで興味次第のようだ。天才かもと思った私の期待はあっさりと裏切られた。
 将来、役に立つ得意なものを早く見つけてほしいと、あせる父親だったが、本人にはそんなことは関係なかったのだろう。
 優太に得意なものが出来てほしいとあせる私はアスペルガー症候群なんて障害ではない、気にすることはないと言いながらも、ずっとアスペルガー症候群を恐れていたのかもしれない。

運動音痴

逆上がりや雲梯、登り棒は得意な優太だが、ブランコや自転車は苦手だった。運動音痴な優太に運動を教えるのは私の役目だ。
「あたしは運動がダメだから、優太はあたしに似たんだと思うわ。運動はお父さんが教えてあげてね」
 優太はブランコを後ろから押してあげると喜んだのだが、自分で漕ぐことが出来なかった。私も一生懸命、教えようとしたが、ブランコの漕ぎ方を教えるのは相当難しい。
「優太、足を伸ばしたり折り曲げたりするんだぞ。前に行く時は伸ばして、後ろに行く時は折り曲げてみろ」
 そう説明したが、足をパタパタと伸ばしたり曲げたりしているだけで、すぐにとブランコの揺れは弱くなり、終いには止まってしまう。止まってからは必ず「お父さん押して」と言う。
「優太、自分で漕いでみろ。体重を移動させるんだ。前に体重をかけたり、後ろにかけたりするんだ。腕も伸ばしたり曲げたりしてみろ」
 優太は体を前にしたり、後ろにしたり体重移動しているつもりだが、タイミングが悪すぎるのか、ブランコは止まってしまう。私はどう説明すればよいのか全くわからなくなった。
 そして又「お父さん押して」と声が聞こえる。私は溜め息をついた。
 仕方がないので後ろから押して揺らしてあげることにした。体の動きを説明するのは難しいなと思った。
 私が幼少期、いつの間にどうしてブランコが漕げるようになったのだろうか、と考えても記憶にはない。なので、優太に教えることが出来なかった。
 そんな優太もいつの間にか、ブランコを漕げるようにはなっていた。他の子より、だいぶ遅かったが、私が教えなくても体で覚えてくれたようだ。あまり、心配しなくても良いのかもしれないと思うようにしているが、アスペルガーというわけのわからないものが私の頭の中で邪魔をし続けていた。